すり鉢の夏

こちら、盆地。すり鉢の底です。
暑い暑いですね。ムアムア~っとしますね。

今日は立秋ですって。こんなに暑いのに。


(*オリンパスμ1200次世代パノラマ機能にて撮影)

ヨシブロの人気に対抗して、
いや、そうじゃないんだけど、
私もブログをちょこーっとはじめまして、
どうブログに取り組むかちょこっと考えて、
ブログとクニメモには違いを見せようと
自分の中では微妙なルールの違いみたいなのを設け、
メリハリメリハリとはじめてみたものの
あんまり日々に派手なこともないもんで
かなり微妙な違いでしか取り組めません。

うーむ。

違いは一応あるんですよと、
弱気にお伝えしてみまして、


(*オリンパスμ1200次世代パノラマ機能にて撮影)

年々、セミの声は減ってきた気がしていたのは
たぶん近くの大きい病院の工事が原因だって
ここしばらくの夏を通り過ぎるたび
そう思っていました。

この間の晩、
散歩していて気付きました。
近所の街路樹が
年々イチョウに変わってきていることに。
そう、セミはあんまりイチョウが好きじゃない。
ああ、だからセミがいないんです。
遠くからイチョウじゃない木で
セミが元気に鳴いている声は
今日も暑く聞こえていますけどね。

幼い頃、家の近くの街路樹は
全部プラタナスの木で、
時々プラタナスの木が
車道との間の柵に食いついていて、
夏はいつも大きな影を作ってくれていて、
暑い暑いと繰り返し言いながら歩いて
見上げればその幹にセミがいて、
おじいちゃんとセミ取りにも回ったし、
理科の自然研究の宿題では
その根元の土を集めたり、
意味もなく樹皮をはがしてみたり、
根元にすっごいきのこを見つけたり、
落ちてきた大きな葉っぱを手に取ったり
幹につかまって柵に登って駅伝の応援をしたり、
ともかく春も夏も秋も冬も側にいたのに。

大きな葉っぱが掃除にじゃまで嫌われたのか、
セミがうるさいと苦情が出たのか、
えらい誰か都市計画の人の個人的な好みなのか、
イチョウ並木も嫌いではないけれど、
どんどんとあまり大きくない
か細いイチョウの木に
いつの間にか植え替えられていっており、
なんだかなんだかなぁって。
感傷的ってのとはまた違う感じで。

今は4本に1本プラタナスみたいな割合に変わってるけど、
これはいつか全部イチョウになってしまうんでしょか。
プラタナスは切られてどこにいったのでしょか。
これは意味のある変化なんでしょか。
じゃあ、どうして銀杏が落ちる前に
イチョウの葉を刈ってしまうのでしょうか。
銀杏が臭いから?

なぜ私はこんな身近なことに
ずっと気付かなかったのでしょうね。
自分にがっかりです。

毎日のように歩いてきたのにね。



このごろドサーッと亜熱帯の
スコールみたいに降る雨も、
メリハリが効き過ぎて、
ちょっと不安になりますね。
今日もまたもうちょっとしたら
降るのかしらね。
ああ、
亜熱帯にはもっちろん
行った事ないんですけどね。イメージ?

そんなもんだといえば
なんだってそんなもんなのですけど。

そんなもんだってのが
一番大事なとこだと思うのです。
いつも一番知ってるように思うことに
一番知らないことが
繋がっている気がするっていうかね。

毎日、同じだけど違うことの繰り返しです。
リズムもテンポもスピード感も
まぁ相変わらずだけれど、
その分見えるもので毎日は充分賑やかです。



雪の結晶柄の浴衣帯。

もう一度、今月、
浴衣が着れるといいのになと、
浴衣を出しっぱなしにしています。
お盆までに和ろうそくを
買いに行かなきゃと思いつつ、
お盆が迫ってきています。



ナスがママなら、
キュウリはパパです。

入道雲を飛び越えるくらいの
跳躍力の8月、
これでいいのだの8月、
送れるといいのに。

いや、送ります。